スポンサーサイト(スポンサー広告)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

優しさと甘え(日記)

過去のmixi日記


=====

「いいよ」 2007年09月21日


「ねぇ 友達になってよ」

「いいよ」

「ねぇ 宿題写させてよ」

「いいよ」

「ねぇ 遊びに行こうよ」

「いいよ」

「ねぇ 家まで送ってよ」

「いいよ」

「ねぇ あれ買ってよ」

「いいよ」

「ねぇ お金貸してよ」

「いいよ」

「ねぇ その性格直してよ」

「いいよ」

「ねぇ もうお別れしようよ」

「いいよ」


--------------------

周りの人が自分をどう思ってるんだろうって
気になって 夜も眠れなくなったことはないかい

誰にでも良く思われたいって
肩肘張って 笑顔作って 無理に頷いてないかい

気を遣って 遠慮して 
なんでも「いいよ」って言って
その結果 個性を 大事なものを 失ってないかい

大事にしたいと思っているのに
大事にしてると思っているのに

本当は部屋で一人 泣いてるんだろう?
本当は行っちゃ嫌だって 叫びたいんだろう?

それでも 君はまた 頷くのかな
「それでもいいよ それが私なんだよ」って。


=====


以下はボツ日記


=====


「優しさと甘え」



大人になると、
「みんな違うから。」
「人それぞれ。」
なんて言って、
「個々人の個性を大切に。」
「そういう人も居るんだ、認めよう。」
そうやってみんな寛容になる。

なんでも「いいよ」ってね。


いや、確かにいいけどさ。
それは全然悪いことじゃないけどさ。

でもどうせその気持ちの底には、こんな言葉がつくんだろ。
「自分とは合わないかもしれないけど、ね。」


この場合の「いい」ってのは「別に(どうでも)いい」なのかい。



でも言われたほうも「いいんだよね」なんてどんどんどんどん油断して。

いつの間にかどんどんどんどん「いい」の基準が下がってく。


あれ。
昔はこのラインだったから「いいよ」って言ってたのに。
このラインでも「いいよ」って言わないとなんだろうな。

戸惑いながらも「いいよ」してるうちに、ズルズルズルズル。


「いいんだよね!」

「うん…いいよ」


ゴムがだらーんって伸びきっちゃうみたいに。


親しき仲にも礼儀ありって言うけどさ。
ある程度の緊張感ってやっぱり必要だよね?
時には、ピンと貼りなおすことって必要だよね?


無制限の「いいよ」って、
それは決して、
優しさではないんだろう。


ただ、お互い「楽」したいだけ。
ぶつかると大変だから「いいよ」って許しちゃう。
何でも「いいよ」言ってくれるから、「楽~」なんて言ってどんどんたるんじゃう。

そういう関係でいたいの?

そう思ってしまうのは、ひねくれてるのかな?


本当に大切にしたいなら。
お互いの譲れない一線は主張し合おうよ。

それがあるからこそ、逆に信頼できるんじゃないのかい。


自分が優しくされたときにも、まずは感謝。ありがとう。
でも、そこで終わって浸りきってちゃあ、だらーんって伸びちゃう。

ありがたいなあ、っていう温かい気持ちをパワーに変えて、
でもしっかり自分の力で歩いていかないと…人間の芯が溶けちゃいそうで。


そう思ってしまうのは、心許してないとか思われちゃうのかな?





コメントの投稿

非公開コメント

昔、『いい子 いい子 どうでもいい子。』と友達が話していたのを思い出しました。

何でも許しちゃいけないよね。

どうでもいい子にならないように。

Re: μちゃん

そうなんだよね、何でも許してると、
甘く見られる…ってのもあるんじゃないのかなあ。

「いい人」ってのも微妙だよね。
「いい人」なのに何故か恋愛対象にはならない、とか、ね。

このブログの訪問者数

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。